うさちゃんどこへ!

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うさちゃんどこへ!

                      やなぎゆう

むかーし むかしのある日のことです
ゆうのうちでもうさぎを飼っていたことがありました
リンゴの木箱に金網を張って
裏庭の片隅におかれていました。

赤い目をじっと凝らして
鼻をピクピクさせながら
ニンジンの葉を奪い取るようにして
ただひたすら食べていました。

ある時、そのうさぎがいなくなったといって
家中大騒ぎになりました
皆で探したけれど見つからず
とうとう夜になってしまいました。

ゆうがカラになったリンゴの木箱に近寄って
「うさちゃん」と声をかけると
暗闇の中から突然現れて
ゆうの胸に飛び込んできました

白い大きな耳を立てて
親しげに見つめる赤い目とピクピクした鼻
ずっしり重くなった体
そのぬくもりをゆうは今でも忘れません
うさぎは何事もなかったかのように

再びリンゴの木箱の中で
オオバコの葉をモグモグと食べていました

ある日 学校から帰ると             
うさぎがいません
リンゴの木箱もありません
うさぎを探す人もいません
うさちゃんどこへ行ったの?

 


食卓の丸いテーブルの上には
ぐつぐつと鍋の湯気があがっていました
昭和23年
ゆうが小学校一年生の時のお話です。

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人類の友

JUGEMテーマ:日記・一般

人類の友

(一)

それは従姉の家を訪ねたときのことでした。従姉とは40年ぶりの再会です。玄関の広い大きな家に入ると、尻尾をピンと立て毛並みに艶のあるネコが現れ、何も言わずに前足を伸ばしネコポーズで出迎えてくれた。

「タマちゃーん」従姉は頭と頭をタッチすると挨拶の終えたネコは姿を消した。

 私にとってネコは好きでも嫌いでもなく、散歩中の犬を愛でることはあってもネコを撫でたり声を掛けることも敬遠している。

その夜のことでした。従姉が来客用の布団を敷いている。掛布団はネコが引っ掻くからとレース側を下にしている。

床に就くとまもなくネコがやってきた。そして私の二本の足をレールのように足元から上がってくる。意外に重い物体がひとあしひとあし上に向かって歩いてくる。

どこまで上がってくるのだろう。腹部、胸、首まで来るのか。その昔金縛りから抜けられなかった怖さが一瞬過ぎりぞ―っとした。

「ネコが上がってくるゥゥ―」遂に声を発した。

すると従姉は

「これっ 退きなさい。 こっちへ来なさい」

何故かネコは従姉の言うことを聞かない。従姉はネコを抱えて

「お父さんのところに行きなさい!」と部屋から追い出した。

ネコは仕方なく二階へ上っていった。

暫くすると、階上で先に床に就いた従姉の夫の寝返りを打つ音がきしいだ。ネコが主人(あるじ)の身体に上ったのであろう気配を想像する。

 私は眠れなくなった。何故従姉はレース地を下に敷くとき当家のネコの習性を説明してくれなかったのか。40年の歳月を忘れたのであろうか。そして私は考えた。そうだ。恐れることはないのだ。従姉の家でネコが私の首を絞めることはないだろう。むしろネコと一緒に寝れば温かいだろうし、生き物の温もりが心を和ませてくれるかも知れない。

私は寝室から出て暗い階段を見つめた。ネコはもう主人(あるじ)と一緒に寝たのであろうか・・・と思っていると、何とネコが階上の踊り場に姿を現した。

私は空かさず、「おいで おいで 一緒に寝よう」と手招きした。

ネコはおもむろに一段一段下りてきた。寝室の戸を開けて招き入れるとネコは素直に入ってくる。引き戸を閉めようとすると閉まらない。片足をストッパーにして警戒している。何というネコだ。

その時パッと灯りが点いた。従姉も眠れなかったのであろう。その瞬間ネコは部屋に入った。

「さ、一緒に寝よう!」

布団をめくったがネコは入ってはこない。やがて私が横になるとネコは遠慮がちに足元で丸くなって寝てしまった。どうやら寝心地の好い枕になる場所を私の身体から探していたようである。私もネコのかすかな感触と温もりを感じ、何時しかぐっすりと寝入ってしまった。

 翌早朝、散歩から帰る夫のために従姉はすでに起きていた。睡眠不足気味だが床を離れるとネコはまだ丸くなって目を閉じていた。

「可愛い顔をして寝ていたよ」従姉の声に私は納得する。ネコから幸せを頂いたのである。

朝食時、

「タマはどうしたのだ。何をしたのだ」

主人(あるじ)の訝る声に

「だって お客さんが…」

私の出番が来た。私はネコと暮らした経験もなくネコの習性も分からず・・・そして足から首まで上がってくる気がして驚いたことなどを素直に話した。そして更に

「でも、もう分かりましたので…」と言い、いつの間にか隣に座っているタマに

「今夜も一緒に寝ようね」と声をかけた。

ネコは何も言わなかったが、主人(あるじ)は安心したような顔つきになった。

 この主人のネコ思いには訳があることが後日判明したのである。

(二)

タマがこの家にやってくる前に、当家はすでに猫を飼っていた。聞き分けの良い可愛い猫だったと言う。そこへ3匹も飼っているある家から、そのうちの1匹の猫を他の2匹が怖がって避けているので貰って欲しいと頼まれ、当家にやってきた。

なかなかの知性的な風貌だったという。ところが当家に来ても懐かない。先客の猫が家族の言うことを良く理解するので可愛がられ、それがやきもちの原因となった。夫婦の気持ちが自分に向かない寂しさがやきもちを増長させ、主人(あるじ)膝に抱かれても猫は癒されることもなく遂に部屋に粗相をするようになり、神経を病んでしまった。

猫は元の主人(あるじ)(もと)に引き取られた。

 その後3人暮らしの静かな日々が続いたある日のこと。

猫は家の前の路地で遊んでいると、

「あ!お母さん(従姉)が帰ってきた」喜んだ猫は「ニャー」と走ってきた。その時路地に侵入してきた乗用車が通り過ぎた。白い毛が一面に飛び散った後、ネコは倒れた。即死だった。主人が帰るまで住み慣れた家に寝かされ、その後葬られた。

 寂しさが夫婦を襲い、やがて月日が流れた。再び猫と暮らす気持ちが夫婦間に募り、一匹の猫との出会いを求めて探すことになった。

人間の都合で猫を飼い、また人間の都合で猫を捨て、この現実の中で捨てられた猫を探すことで夫婦は償いを思った。

街の片隅に捨てられた猫のたまり場があることを知らされ、夫婦は協力してその場所に幾日も通い、辛抱強く時間をかけて捕獲に成功した。段ボール箱に入れられ自家用車で猫は当家に連れて来られた。

 一時は捨てられた猫。人間の勝手を知りぬいた猫はそう簡単には警戒心を解くはずはない。猫はピアノと壁の狭い間に張り付いて出て来ようともしない。エサも食べない。水も飲まない日が続いた。

夫婦は根気よく語りかけ、日が暮れるとエサと水を置いて、二階に姿を消した。

その努力が実り猫は少しずつ気を許しはじめ、やがて夜中に食事を摂るようになり、家族の声や雰囲気を感じとり、自分の名前がタマであると知り、一週間後には昼も姿を見せるようになっていった。

 三人の生活も慣れ、自由気ままなネコの暮らしも満足していったようである。真夜中には家を抜け出して、近所のネコたちと遊び、時には喧嘩して鼻の頭に傷をつけられたり、溝に落ちて泥だらけになって帰ってくることもあった。

布団に入ると夫婦の足元から上がってきて程よい枕の位置を見つけると重くなった体を横たえて眠った。

従姉は突然寝返りを打ってタマを驚かしたりしても、タマの人間への警戒心はすっかり消えていったようである。けれど邪険な仕打ちは主人の心の中には許せないネコへの思いやりがあったのである。

私は猫という動物の習性を知ると犬と同様、人類の誕生から創造物が与えてくれた人間の友をありがたく再認識させられた。

 それにしても無表情の顔がせめてレトリバーのように笑ってくれたらと思うが、それは如何だろうか? 

 

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今なぜ世界遺産なのか


 富士山の世界遺産登録決定に想う


 2013年6月22日富士山と三保松原が世界文化遺産として登録が決定された。日本では17番目の登録である。その審議は50分にも亘ったが、ドイツの強力な後押しがあり決定された模様である。

 何故今なのか。もっと以前に浮上されてもとの疑問が起こる。遠くから見る景観を大事にしたいとの思いだけではなく、地震国である日本、二年前の東北大震災から、今なお地殻変動が活発化しており、河口湖の急激な水位低下現象などM7以上の地震がいつ起こっても不思議ではないと関係者は報道している。連動型地震が起これば首都圏は水浸しとなると警告し、日本の地形の分断を予測する外国人もいる。大地震が起これば富士山も噴火する。津波も起こる。
3号機の危険性も問題となっている。

 二年前3月11日の大地震、大津波、人災原発事故。 
世界中の人々が日本のために祈ってくれた。世界が祈りでひとつになった。その祈りが多くの人々を立ちあがらせたことは知らない人はいない。
被災地の後遺症はまだ終わってはいない。原発は他のエネルギー政策に切り替えることは可能である。出来ないと言っている人たちは自分たちの利益を考えている人たち。地震や津波も大地の安定を世界の人々が心をひとつにして祈れば可能である。地球にも自浄作用があり、人間が人間本位の快適さのみを追求し、大自然の恩恵を与えてくれている目に見えないものを無視する行為を続けるならば、人間は大きな浄化を受けることになる。

 地球の地殻変動調整が必要な時にはせめて震度3までと大地の安定を願えば宇宙開びゃく時から引き継がれている神の意志の働きが無視することはないはず。
なぜならば、人間はこの世を楽しむために創られたのだから。
最近の人間の身勝手は行き過ぎている神の次元の警告である。

 今が瀬戸際なのである。
国は「心配するほどの放射線量ではない」「直ちに人体への影響はない。冷静な対応を」と、どんな危険な状態になっても、無知な人間を欺こうとする。
財界と官僚の策略に騙されないように、そして「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ことのないようにと世界遺産の登録決定は正に神の計らい。世界の良識ある人々の祈りが今こうして結ばれたのである。

 富士山は昔から信仰の対象として人々に崇拝されてきた。この姿を七世代先まで日本のシンボルとして世界中の人々に見ていただけるよう祈り、そのためには大地の安定、富士山の安定の願いをこめてエネルギーを送る必要性を神の次元は教えてくれたと考えるのである。

 

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きれいやなあ  

グループホームのお年寄りと琴のおけいこを楽しんでいる頃のことでした。

コーロリン コーロリン
私の真似をして
親指 人差し指 中指が
あっちへ行ったり こっちに来たり
 きれいやなあ
音色が違うといって笑う

さくら 荒城の月 糸車
二重奏した日はいつのことだったろう
コーギー犬が足元で聞き惚れて
うつら うつら
 あんたええ子やなあ

幸せなひとときも去り
脳の中で小さな悪魔が住むようになった
その悪魔はお年寄りからお琴を奪った

 きれいやなあ
千代紙のようなお手玉を手に取り
重なり合う色の変化に心がはしゃぐ

私がお手玉をポンと投げると
頭の中のキューピットが喜んだかのように
「一番初めは一の宮
 二は日光東照宮
 三は讃岐の金毘羅さん・・・」

頬を染め 子供に還った
でも小学校の先生の尊厳は目の奥に残っている
それは決して相手を悲しませたりしない
愛嬌の笑みである

お手玉に疲れお互いの手と手を握った
 きれいやなあ
少し若い私の手と比較している
皺のたるみをつまむと
キャッ キャッ 笑う
指をからめ合ってぬくもりを確かめ合った

私の母だったら こんなに優しくは出来ないだろう
傍らで眺めている長男の気持ちが胸にひびく

レビー小体型認知症
日本ではアルツハイマー型認知症や脳血管性認知症と並び三大認知症と呼ばれている
時々空間に目をやり、うなずいては笑っている

それから
すべてが遠のき
リビングの椅子に目を閉じて座っていることが多くなった
声をかけ、手を握ると離さずに愛想ふるまいは忘れない

とうとう病院のベットの人となった
20年前
尊厳死の宣言書を書いたという
そのおかげで
管人間にならずに旅立つことができた

 きれいやなあ
今頃は あの世で見る景色に呟いていることだろう
                        2013.1.4
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幽霊屋敷

玄関のカメラに大きなリュックを背負った友人が映っている。
午前中「じゃぁ好いお年を」と別れたばかり。
電話が切れた直後、私の風邪声と咳が急に心配を煽ったようで冷蔵庫の食品をリュックに詰めて駆け付けてくれた。外壁塗装工事中の狭い階段は危険と忠告したばかりなのに、手押し車を階下に置いてリュックを背に杖をついて三階まで上がってきた彼は視覚障害者。

リュックの中から現れたのは冷凍食品のスパゲッティとカニのクリームリングイネ、チーズ、カニ缶、干し柿、バームクーヘン、紅玉、イチゴ、プチトマトそしてカステラが5個も。
突然 私の手を取ると自分の頬に当て安心したかのように帰って行った。

 外壁工事中の足場で覆われた我が家には光が入らない。盲人にとって目は見えなくても太陽の光に支えられ、物体の陰影で判断できるようである。遮断されたわが家は真っ暗で不気味。私の存在も見えず、風邪声と時折発するぜいぜいした咳が、室内を移動するたびに分散して聴こえるらしい。正に幽霊屋敷だと言う。突然の行動は生きているぬくもりを確かめたかったという。

 寒気のする私は見送ることも出来なかった。
バス停までは10分ほどかかる。途中、信号やでこぼこ道がある。バス停についても行く先でバスを選ばなければならない。盲人にとって難は少なくない。おくびにも見せずに帰って行ったが、案の定心中は穏やかでなかった様子。

帰宅時間を見計らって電話をすると「デパートで買い物をしているんでしょう」とパートナーがあっさりと言う。
私は途中で事件に巻き込まれたらと思うと気が気でなく、ひたすら連絡を待った。

彼は言う。
バス停に着くと、私の母によく似たおばあさんが立っていた。おばあさんは優しい人で「私も新百合ヶ丘駅に行くので一緒に行きましょう」と言い、まもなくやってきたバスに乗り、席まで案内してくれた。
このおばあさんは私が母を霊界から呼び寄せたのだろう。あなたはなんと凄い人だ。
やはりスーパーで買い物をしていたようである。自宅の冷蔵庫から出した食品を補うために。
私は済まないことをしたと詫びると、あなたは私たち夫婦の代わりに風邪をひいて苦しい思いをした。お蔭で私たちは毎日ピンピンと過ごしている。感謝するのはこちらの方だ。生きていてくれて本当に良かった。ありがとうと電話は切れた。

 いつもユーモラスに振る舞う彼であるが、健常者の私には及ばないご夫婦の人間性に私の方が助けられている。
知恵と意志と感覚をもつ素粒子の働きを思った。サムシンググレートとの対話を感じ嬉しく感謝して受け止めることにした。

                   2012.12.15
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