人類の友

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人類の友

(一)

それは従姉の家を訪ねたときのことでした。従姉とは40年ぶりの再会です。玄関の広い大きな家に入ると、尻尾をピンと立て毛並みに艶のあるネコが現れ、何も言わずに前足を伸ばしネコポーズで出迎えてくれた。

「タマちゃーん」従姉は頭と頭をタッチすると挨拶の終えたネコは姿を消した。

 私にとってネコは好きでも嫌いでもなく、散歩中の犬を愛でることはあってもネコを撫でたり声を掛けることも敬遠している。

その夜のことでした。従姉が来客用の布団を敷いている。掛布団はネコが引っ掻くからとレース側を下にしている。

床に就くとまもなくネコがやってきた。そして私の二本の足をレールのように足元から上がってくる。意外に重い物体がひとあしひとあし上に向かって歩いてくる。

どこまで上がってくるのだろう。腹部、胸、首まで来るのか。その昔金縛りから抜けられなかった怖さが一瞬過ぎりぞ―っとした。

「ネコが上がってくるゥゥ―」遂に声を発した。

すると従姉は

「これっ 退きなさい。 こっちへ来なさい」

何故かネコは従姉の言うことを聞かない。従姉はネコを抱えて

「お父さんのところに行きなさい!」と部屋から追い出した。

ネコは仕方なく二階へ上っていった。

暫くすると、階上で先に床に就いた従姉の夫の寝返りを打つ音がきしいだ。ネコが主人(あるじ)の身体に上ったのであろう気配を想像する。

 私は眠れなくなった。何故従姉はレース地を下に敷くとき当家のネコの習性を説明してくれなかったのか。40年の歳月を忘れたのであろうか。そして私は考えた。そうだ。恐れることはないのだ。従姉の家でネコが私の首を絞めることはないだろう。むしろネコと一緒に寝れば温かいだろうし、生き物の温もりが心を和ませてくれるかも知れない。

私は寝室から出て暗い階段を見つめた。ネコはもう主人(あるじ)と一緒に寝たのであろうか・・・と思っていると、何とネコが階上の踊り場に姿を現した。

私は空かさず、「おいで おいで 一緒に寝よう」と手招きした。

ネコはおもむろに一段一段下りてきた。寝室の戸を開けて招き入れるとネコは素直に入ってくる。引き戸を閉めようとすると閉まらない。片足をストッパーにして警戒している。何というネコだ。

その時パッと灯りが点いた。従姉も眠れなかったのであろう。その瞬間ネコは部屋に入った。

「さ、一緒に寝よう!」

布団をめくったがネコは入ってはこない。やがて私が横になるとネコは遠慮がちに足元で丸くなって寝てしまった。どうやら寝心地の好い枕になる場所を私の身体から探していたようである。私もネコのかすかな感触と温もりを感じ、何時しかぐっすりと寝入ってしまった。

 翌早朝、散歩から帰る夫のために従姉はすでに起きていた。睡眠不足気味だが床を離れるとネコはまだ丸くなって目を閉じていた。

「可愛い顔をして寝ていたよ」従姉の声に私は納得する。ネコから幸せを頂いたのである。

朝食時、

「タマはどうしたのだ。何をしたのだ」

主人(あるじ)の訝る声に

「だって お客さんが…」

私の出番が来た。私はネコと暮らした経験もなくネコの習性も分からず・・・そして足から首まで上がってくる気がして驚いたことなどを素直に話した。そして更に

「でも、もう分かりましたので…」と言い、いつの間にか隣に座っているタマに

「今夜も一緒に寝ようね」と声をかけた。

ネコは何も言わなかったが、主人(あるじ)は安心したような顔つきになった。

 この主人のネコ思いには訳があることが後日判明したのである。

(二)

タマがこの家にやってくる前に、当家はすでに猫を飼っていた。聞き分けの良い可愛い猫だったと言う。そこへ3匹も飼っているある家から、そのうちの1匹の猫を他の2匹が怖がって避けているので貰って欲しいと頼まれ、当家にやってきた。

なかなかの知性的な風貌だったという。ところが当家に来ても懐かない。先客の猫が家族の言うことを良く理解するので可愛がられ、それがやきもちの原因となった。夫婦の気持ちが自分に向かない寂しさがやきもちを増長させ、主人(あるじ)膝に抱かれても猫は癒されることもなく遂に部屋に粗相をするようになり、神経を病んでしまった。

猫は元の主人(あるじ)(もと)に引き取られた。

 その後3人暮らしの静かな日々が続いたある日のこと。

猫は家の前の路地で遊んでいると、

「あ!お母さん(従姉)が帰ってきた」喜んだ猫は「ニャー」と走ってきた。その時路地に侵入してきた乗用車が通り過ぎた。白い毛が一面に飛び散った後、ネコは倒れた。即死だった。主人が帰るまで住み慣れた家に寝かされ、その後葬られた。

 寂しさが夫婦を襲い、やがて月日が流れた。再び猫と暮らす気持ちが夫婦間に募り、一匹の猫との出会いを求めて探すことになった。

人間の都合で猫を飼い、また人間の都合で猫を捨て、この現実の中で捨てられた猫を探すことで夫婦は償いを思った。

街の片隅に捨てられた猫のたまり場があることを知らされ、夫婦は協力してその場所に幾日も通い、辛抱強く時間をかけて捕獲に成功した。段ボール箱に入れられ自家用車で猫は当家に連れて来られた。

 一時は捨てられた猫。人間の勝手を知りぬいた猫はそう簡単には警戒心を解くはずはない。猫はピアノと壁の狭い間に張り付いて出て来ようともしない。エサも食べない。水も飲まない日が続いた。

夫婦は根気よく語りかけ、日が暮れるとエサと水を置いて、二階に姿を消した。

その努力が実り猫は少しずつ気を許しはじめ、やがて夜中に食事を摂るようになり、家族の声や雰囲気を感じとり、自分の名前がタマであると知り、一週間後には昼も姿を見せるようになっていった。

 三人の生活も慣れ、自由気ままなネコの暮らしも満足していったようである。真夜中には家を抜け出して、近所のネコたちと遊び、時には喧嘩して鼻の頭に傷をつけられたり、溝に落ちて泥だらけになって帰ってくることもあった。

布団に入ると夫婦の足元から上がってきて程よい枕の位置を見つけると重くなった体を横たえて眠った。

従姉は突然寝返りを打ってタマを驚かしたりしても、タマの人間への警戒心はすっかり消えていったようである。けれど邪険な仕打ちは主人の心の中には許せないネコへの思いやりがあったのである。

私は猫という動物の習性を知ると犬と同様、人類の誕生から創造物が与えてくれた人間の友をありがたく再認識させられた。

 それにしても無表情の顔がせめてレトリバーのように笑ってくれたらと思うが、それは如何だろうか? 

 

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今なぜ世界遺産なのか


 富士山の世界遺産登録決定に想う


 2013年6月22日富士山と三保松原が世界文化遺産として登録が決定された。日本では17番目の登録である。その審議は50分にも亘ったが、ドイツの強力な後押しがあり決定された模様である。

 何故今なのか。もっと以前に浮上されてもとの疑問が起こる。遠くから見る景観を大事にしたいとの思いだけではなく、地震国である日本、二年前の東北大震災から、今なお地殻変動が活発化しており、河口湖の急激な水位低下現象などM7以上の地震がいつ起こっても不思議ではないと関係者は報道している。連動型地震が起これば首都圏は水浸しとなると警告し、日本の地形の分断を予測する外国人もいる。大地震が起これば富士山も噴火する。津波も起こる。
3号機の危険性も問題となっている。

 二年前3月11日の大地震、大津波、人災原発事故。 
世界中の人々が日本のために祈ってくれた。世界が祈りでひとつになった。その祈りが多くの人々を立ちあがらせたことは知らない人はいない。
被災地の後遺症はまだ終わってはいない。原発は他のエネルギー政策に切り替えることは可能である。出来ないと言っている人たちは自分たちの利益を考えている人たち。地震や津波も大地の安定を世界の人々が心をひとつにして祈れば可能である。地球にも自浄作用があり、人間が人間本位の快適さのみを追求し、大自然の恩恵を与えてくれている目に見えないものを無視する行為を続けるならば、人間は大きな浄化を受けることになる。

 地球の地殻変動調整が必要な時にはせめて震度3までと大地の安定を願えば宇宙開びゃく時から引き継がれている神の意志の働きが無視することはないはず。
なぜならば、人間はこの世を楽しむために創られたのだから。
最近の人間の身勝手は行き過ぎている神の次元の警告である。

 今が瀬戸際なのである。
国は「心配するほどの放射線量ではない」「直ちに人体への影響はない。冷静な対応を」と、どんな危険な状態になっても、無知な人間を欺こうとする。
財界と官僚の策略に騙されないように、そして「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ことのないようにと世界遺産の登録決定は正に神の計らい。世界の良識ある人々の祈りが今こうして結ばれたのである。

 富士山は昔から信仰の対象として人々に崇拝されてきた。この姿を七世代先まで日本のシンボルとして世界中の人々に見ていただけるよう祈り、そのためには大地の安定、富士山の安定の願いをこめてエネルギーを送る必要性を神の次元は教えてくれたと考えるのである。

 

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幽霊屋敷

玄関のカメラに大きなリュックを背負った友人が映っている。
午前中「じゃぁ好いお年を」と別れたばかり。
電話が切れた直後、私の風邪声と咳が急に心配を煽ったようで冷蔵庫の食品をリュックに詰めて駆け付けてくれた。外壁塗装工事中の狭い階段は危険と忠告したばかりなのに、手押し車を階下に置いてリュックを背に杖をついて三階まで上がってきた彼は視覚障害者。

リュックの中から現れたのは冷凍食品のスパゲッティとカニのクリームリングイネ、チーズ、カニ缶、干し柿、バームクーヘン、紅玉、イチゴ、プチトマトそしてカステラが5個も。
突然 私の手を取ると自分の頬に当て安心したかのように帰って行った。

 外壁工事中の足場で覆われた我が家には光が入らない。盲人にとって目は見えなくても太陽の光に支えられ、物体の陰影で判断できるようである。遮断されたわが家は真っ暗で不気味。私の存在も見えず、風邪声と時折発するぜいぜいした咳が、室内を移動するたびに分散して聴こえるらしい。正に幽霊屋敷だと言う。突然の行動は生きているぬくもりを確かめたかったという。

 寒気のする私は見送ることも出来なかった。
バス停までは10分ほどかかる。途中、信号やでこぼこ道がある。バス停についても行く先でバスを選ばなければならない。盲人にとって難は少なくない。おくびにも見せずに帰って行ったが、案の定心中は穏やかでなかった様子。

帰宅時間を見計らって電話をすると「デパートで買い物をしているんでしょう」とパートナーがあっさりと言う。
私は途中で事件に巻き込まれたらと思うと気が気でなく、ひたすら連絡を待った。

彼は言う。
バス停に着くと、私の母によく似たおばあさんが立っていた。おばあさんは優しい人で「私も新百合ヶ丘駅に行くので一緒に行きましょう」と言い、まもなくやってきたバスに乗り、席まで案内してくれた。
このおばあさんは私が母を霊界から呼び寄せたのだろう。あなたはなんと凄い人だ。
やはりスーパーで買い物をしていたようである。自宅の冷蔵庫から出した食品を補うために。
私は済まないことをしたと詫びると、あなたは私たち夫婦の代わりに風邪をひいて苦しい思いをした。お蔭で私たちは毎日ピンピンと過ごしている。感謝するのはこちらの方だ。生きていてくれて本当に良かった。ありがとうと電話は切れた。

 いつもユーモラスに振る舞う彼であるが、健常者の私には及ばないご夫婦の人間性に私の方が助けられている。
知恵と意志と感覚をもつ素粒子の働きを思った。サムシンググレートとの対話を感じ嬉しく感謝して受け止めることにした。

                   2012.12.15
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優しい時間 「十」


「皆で生け花―秋の色」

 「くたびれた! コーラが飲みたい」
いつもどこか冷めているKさん、活け終っての第一声です。
現役時代アメリカでの暮らしの中で、コーラで乾杯する機会が多かったのであろうか、彼女なりの達成感の表現と思いたい。 前回は苦戦の末、完成の暁に飛び出した言葉は「トレビアン!」でした。

 四ヶ月後二度目の訪問。初回のような緊張した雰囲気はなく活け花を冷静に楽しんでおられる様子。他の棟と同様にここでも変化が感じられる。

 「ますます若くなってるけど、若水でも飲んでるんかい?」
時々訪れる私を本当に覚えてくれているのだろうか。
「Yさんだってお元気そうで、若々しいよ」と返すと、
「あたしゃ、冷や水飲んでるんだよ。年寄りのね。」

ぽんぽんと返す冗談は心身共々元気な証拠。温度差の無い性格が周囲を明るくしている。
真っ赤に紅葉したカラスウリの蔓を根基に活けてYさんとKさんのコンビは完成。

 京都松月堂古流を学んだお年寄りがいらっしゃる。
奈良時代、鏡(がん)真(じん)和上(わじょう)が東大寺大仏殿の盧(る)遮那仏(しゃなぶつ)に花を献じたのが、松月堂古流・松月古流の花の起こりと言われている。 京都高山寺の明恵(みょうえ)上人(しょうにん)は、東大寺の僧の時代に「高弁(こうべん)」と名乗り、五つの枝で「あるべきように」と陰陽五行の立体的な花体を考案し、この花体が古流と言われる由縁。
鎌倉時代に入って奈良西大寺の叡(えい)尊(ぞん)上人は、明恵上人の考えを受け継ぎ、明恵上人の古流に「松月堂」という自分の号を組み合わせて松月堂古流という花を編み出したとあります。
この由緒ある古の心を今も忘れずに楽しんでおられるお姿には感服します。

 一方、池坊経験者もお二人いらっしゃる。
池坊、その発祥地は京都の真ん中六角堂にあります。
聖徳太子との所縁で、太子が沐浴された池のほとりに、小野妹子を始祖と伝える僧侶の住坊があったので「池坊」と呼ばれるようになったとのこと。朝夕宝前に花を供え、それが代々いけばなの名手として知られるようになり、生け花が広がった由来です。飛鳥時代ですから最古の生け花の根源ということになりますね。その理念は単に美しい花を鑑賞するばかりではなく、花をいけることによって、悟りに至ることが出来る花道へと導かれたのです。

 さくら棟には華道を志した人が三人もおられるのです。忘却の人も加えると、悟りの境地に到達した人による無の空気が大きな渦を巻いて漂っているかもしれません。若輩者釈迦に説法といった感です。

 因みにボランティアの先生の流派は「MOA光輪花」です。
創立者岡田茂吉師の提唱で、身近にある“花”をいけることを通して「美と出会い」「美を楽しむ」ことから、花のあるくらし、心ゆたかで生きがいある人生を生きる「人づくり」「幸せな家庭づくり」「美しいまちづくり」を目的としています。

微弱ですが、少しでも何かのお役にたてればと願う私たちです。<
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今日活けた花は   ススキ、ナンテンの葉、千両、コスモス、キク(エンジ、黄色、白)、ツワブキ、チェリーセージ、ユズリ葉、カラスウリ(葉)たちでした。
秋の花たちよ ありがとう。

          2012年11月11日(日)さくら棟にて<div class="jugem_theme">JUGEMテーマ:<a href="http://jugem.jp/theme/c1/1/" target="_blank">日記・一般</a></div>
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優しい時間 「九」

みんなで活け花

  ♪もしも人々が「思いやり」を失くしたら
  地球は一秒で消えてしまうね・・・



「OMOIYARIのうた」が今全国で静かに広がっています。2008年の調査によると愛知県が全国で一番いじめの報告件数が多いことから藤田恵美さんと県内の全小学校の子供たちが作り上げた曲。

 なんとこの歌を万寿の森グループホームのお年寄りが歌っているのです。歌詞カードを指で示しながら一心に。 「皆で活け花」をスタートしてから四ヶ月後、二度目の訪問です。当時も好奇心旺盛で元気のよいお年寄りたちでしたが、さらに輪をかけて明るい表情で迎えてくれました。
そこには以前とちがう空気が漂っていることに気付かされるのに時間はかかりませんでした。
何だろう!?この雰囲気は… それは「思いやり」の空気でした。
ホームのリビングにはBGMが静かに流れています。聞き覚えのあるメロディに一瞬呆然と佇む私。心の森に響いた自作の作品集と気付くと胸にこみ上げるものを感じ、ホーム長やヘルパーたちの行き届いた配慮が密度の濃い「思いやり」の空気を作っていたのです。
 この日、施設長自らが秋の野草をバケツいっぱい摘んできて、ススキやコスモスがお年寄りの集まるテーブルの上で存在を主張しています。
四つのコンポートにはたっぷりの水を含んだオアシスがスタンバイ。生徒たちは活ける合図を待ちきれない様子。
 生け花の先生・・・花を活けると脳が喜びます。
 施設長・・・短めに切って、どこから見てもまーるくきれいに活けてください。
を、合図にみんなバケツの中から思い思いの花を選び、集中力スイッチオン。
考える脳、戸惑う脳、混乱する脳から楽しむ脳、安心する脳、安らぎの脳へと変化する過程が動作と顔の表情から窺えます。

 一つのペアがいち早く完成。三つのペアは苦戦中。花たちは成されるがまま。
やがて切り落とした小さなつぼみも可哀そうだからと挿し込んで終了。

 やれやれ。安堵感漂う中、いつもの「おめでとうのうた」
♪花束抱いてるあなた、あなたが咲かせた花みたい、あなたの笑顔も花みたい…
歌い終わるとまたまた楽しいお茶の時間です。

心が安らぎました。
難しかった。
お陰様で楽しかったです。
花を活けるとみんな見違えるようにきれいになったね(施設長の言葉)
血液の循環がよくなるから…(先生の言葉)
心がわくわくした
同じ花でも活けるとみんなちがう

月末には施設長の携わるすすき野中学校体育館で行われるイベント「すすき野フェスタ」に出演するために、「OMOIYARIのうた」手話付と「夜明けのメロディ」「ありがとう―感謝」の三曲を特訓中とのこと。
すすき野中学校の玄関には生け花の先生たちによって「花を見た人に一瞬でも安らぎを感じてほしい」との願いから、毎週生け込みボランティアが行われている。

「♪思いやりは世界を幸せにする魔法♪」で締めくくられている歌の通り、
  「思いやり」の輪がみんな繋がっていることを意識させられた素晴らしいひとときでした。

今日活けた花は
  ススキ、ヒマワリ、サルスベリ、コスモス、キリン草、オトコエシ、アオキ、千日紅、アカメガシ、キク、シュウメイギク、キバナコスモス、ペチュニア、アカツメグサ、セイダカアワダチソウたちでした。
秋の花たちよ ありがとう。

              2012年10月14日(日)ぼたん棟にて                        追記

     「おめでとうのうた」          楠木しげお作詞

一、花束だいてるあなた あなたが咲かせた花みたい
  おめでとう おめでとう おめでとう」

二、花束だいてるあなた あなたの笑顔も花みたい
おめでとう おめでとう おめでとう」

ラララララララ -------ルルルルルルル
  ララララ ルルルル ランランラン
      (くりかえし)
              
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優しい時間 「八」

  「くさび」を忘れて                            

「あっ! どうしよう!」
戸惑いの奇声をあげたのはTさん。
今度は何だろう。一瞬不安感が皆の心に宿りました。

 入居者80名とデイ30名の待つ老人施設青葉の丘で、琴の演奏の準備のため荷を解き始めたその時のことです。楔を忘れたと言うのです。
くさびは立奏台を組み立てるとき、ぐらぐらしないよう隙間に打ち込むための形状で必要不可欠な部品です。取りに戻る時間はありません。そこで咄嗟に思いついた知恵、施設から割り箸を提供していただきました。 1膳を三つに折り隙間に埋め込みました。立奏台二台で八か所、10膳の割り箸とその小袋がくさびの代用となり、一件落着となりました。

和箏の演奏をお年寄りが喜ぶと言うことでいろいろな施設から要請がありますが、演奏するためには爪ひとつ忘れても用を足せません。マイカーに積み込む前に細心の注意が必要となります。それでも忘れてしまうのは人間だからです。

 琴柱を立て、調弦を済ませた琴と諸々の小道具を携えて三階の大広間に着くと、すでに80名のお年寄りが車椅子に座して整然と並んで待っています。待ち疲れてはいないだろうか。ここまで出揃うにはかなりの時間がかかったはず。入居者を退屈させないための種々イベントを企画する施設側の配慮も感じさせます。 一望すると、窓の景色からは保木公園の樹林が広がり環境は至高の空間となっている。

 八橋検校の「六段の調べ」を演奏しました。この年代のお年寄りの多くは宮城道夫の音楽になにがしかの影響を持っています。太ももに指を置いて弾く真似をしたり、口三味線なども脳のアプローチへとつながります。ふと思います。私たちが車椅子の席に座ったら、どんな音楽に心躍るだろうかと。

 ま、余計なことは考えず、お年寄りを思いっきり元気にさせるには、声を出すこと、歌をうたうこと。童謡や歌謡曲をたくさん用意し、次々と歌っていただきました。表情豊かな人もそうでない人にもマイクを振り、この瞬間を楽しんでいただきました。

 マラソンコンサート。三階が終わると直ちに琴を担ぎデイサービスのお年寄りの待つ一階に移動。すでに30名のお年寄りが広々としたロビーに縦長に座っています。デイはさすがにお元気な方たちが多く会話も弾みます。

 施設の佇む環境に感動するとそうだとばかりに身体で応えてくれます。何と言っても一番は緑です。鶯のあまりにも上手な鳴き声にその音源を探すと、市街化調整区域の保木の森の緑の中でした。

 皆で歌った歌は夏の思い出・富士の山・赤とんぼ・荒城の月・影を慕いて・北上夜曲・あざみの歌・こがね虫・浜辺の歌・浜千鳥・故郷・上を向いて歩こう。

 北上夜曲を気持ちよさそうに歌っている男性に尋ねるとその発祥の地がご自分の故郷と応えてくださいました。 

 施設の愛唱歌となっている故郷を大合唱し、エンディングの夕焼け小焼けにノスタルジックな気分を誘い、ちょっぴり別れを惜しみました。 「みなさまお元気で。またお会いしましょう」     

 何よりも感謝せずにはおれない道具、楔の役割を最後まで完璧に果たしてくれた割り箸たちでした。お琴をしっかりと支えてくれたのです。

            感謝!                                                     完 
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ヒッグス粒子と人類

 「ヒッグス粒子と人類」                                              

  2012年7月4日 物の質量(重さ)の起源とされる「ヒッグス粒子」という新しい粒子を欧州合同原子核研究機関(CERN)の国際チームが発見したというニュースを耳にしました。ヒッグス博士が予言をし、年内に確定するとの発表。その粒子がどういうものか関係者たちは様々な喩えを持ち寄ってその説明に四苦八苦していましたが、ますます頭が混乱する有様でした。

  同月15日に日本経済新聞は明確な解説を公表し、人々は安堵したに違いありません。それは生命誕生へとつながる宇宙の仕組みに目から鱗となる感動的なニュースでした。
素粒子とは物質を原子・原子核・中性子とどんどん細かく分け、もうこれ以上分割できないというところまでいった最後の物質が素粒子となります。
素粒子には物質を構成する素粒子12種類と力を伝える素粒子4種類と質量の起源の素粒子1種類の合計17種類があり、17番目のヒッグス粒子が今までみつかっていなかったとのことです。

  宇宙誕生直後に生まれた素粒子は質量ゼロで当然中身も大きさもなく、これが光速で飛びまわっていた「光の宇宙」時代がありました。ビッグバンから約30万年を境に、今日発見されたヒッグス粒子という質量を持った素粒子が集まって「物質の宇宙」ができあがっていったわけです。それは宇宙の水あめのような存在で、まとわりついて質量が生まれると端的に述べています。
そして原始的な銀河や無数の星が生まれ、太陽や地球ができ生命誕生へと繋がっていきます。新たに発見された17番目の素粒子「ヒッグス粒子」がなければ私たち人間は存在していないことになるのです。

  「ヒッグス粒子は宇宙の水あめのような存在・まとわりついて人類誕生」

  質量には二種類あり、ひとつは体重計などはかりに載せて測定した時の重さ、もう一つは力を加えたときの加速のしにくさ、動かしにくさ。この二つは物理学では等価原理といい重さは同じとのこと。
日経新聞はこの動きにくさと重さの関係を分かりやすく説明しています。これを私は自分なりに引用してみます。
私はよく自転車に乗ります。後ろの荷台に籠いっぱい収穫した根菜類を乗せています。そのため自転車は重くて動きにくい。しかも歩道は通学路で学生たちが連なって歩いている。何もなければスイスイと走るのだが、とても動きにくい、つまり重い。ここで自転車は素粒子、私が自転車を引っ張るのは力。学生たちが邪魔をする人でこれがヒッグス粒子となるのだそうです。
この邪魔をする人を水あめに例えると、突然水あめの壁ができて、まつわりつくようになるから引っ張っていた私は重くなったと感じる。

  この素粒子の質量にも種類があって一定ではないことを4日の発表会場で「CERN」の所長は「今日のピーター・ヒッグス氏は本当に重い」と冗談を飛ばしたそうです。
つまり、ヒッグス氏が部屋に入ると研究者や記者が取り囲み、人だかりができました。ヒッグス氏はなかなか前に進めません。ヒッグス粒子がたくさんまとわりつく性質の素粒子ほど質量が大きいとされます。ヒッグス氏が素粒子、取り囲んだ人たちがヒッグス粒子。人気のヒッグス氏は「重い素粒子」。逆に部屋をスッと通れる人は「軽い素粒子」とのこと。
このように質量を持った素粒子が集まって原子核や原子ができ、物質、星や銀河、地球になって生命が誕生していったのですね。

   「我々はどこから来てどこへ行くのか」

  ヒッグス粒子のお蔭で私たちは生まれ、ひとときは青い地球で暮らしますがやがては未来の太陽の熱で気体となり肉体は消えていきます。でも魂は銀河系内の物質の素粒子に還っていきます。
人間の寿命は延び人生が長く感じますが、気の遠くなるような宇宙原理の中で、私たち人類は空間的にも時間的にも今の瞬間に現れて次の瞬間にはいなくなる点のようなところで今の瞬間を生きているわけです。そのような中で人間はどんな存在で、どんな価値があるのか、自分の気持ちをどこで満足させるのかが大切な課題となります。
生きる手段は十人十色ですが、万人共通の宇宙に適った基本的な生き方は次のようであると考えます。

  まず、多くの命ある生き物の中で、よくぞ人間として生まれてきたものぞと感謝し、大自然を愛し、サムシンググレートに畏敬の念をいだき、人類愛とすべての生命との共生の中で生きぬき、その中で自らの人生を心から楽しむことである、と。
再び質のよい素粒子に還るために。
 
                          2012年9月4日
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優しい時間「七」

「皆で生け花」                        やなぎゆう


      美はしき花に憧るる人こそは
               花にも似たる心持つなれ


 
 この歌を詠んだ華道山月の開祖・岡田茂吉師は、花は神の造られた最高の芸術品であり、「いかなる場所にも花があるようになれば人々の心を癒すうえで大きな効果がある」と述べています。

 万寿の森グループホーム「皆で活け花」をはじめて四ヶ月、四つ目のグループホームを訪ねました。谷合の地形を生かした建物は、細い玄関通路をぬけると階下にダイニング・リビングルームになります。ベランダからは雑木林と菜園が広がる中、6人のお年寄りが三々五々寛いでおられました。

テーブルに新聞紙を広げ、施設内に咲いている花いっぱい並べると、オアシスの入った花器には一輪また一輪と二人の手によって盛り上がっていきます。花たちは自分たちの役割を健気に演じてくれているようです。華道に精通していた人もおられます。草月流ですかと聞くと黙って頷いていました。もう忘れてしまいましたというお年寄りもおられます。生け花の経験はないけれど楽しそうににこにこと活けているお年寄りも、また花器を前にヘルパー任せのお年寄りもおられ、十人十色の光景を楽しませていただきました。
やがて三組目の花器には、外出から戻ってきたお年寄りの締めの一手で完成、二人一組で三つの花器に花の森が出来上がりました。

 開祖の流儀は、できるだけ自然を生かし、花の持っている素晴らしさを最大限に生かしていくことにあります。幸いこの施設には自然がいっぱい。多くのボランティアによる庭の手入れも行き届き、名の知れぬ花たちが咲き誇っています。その花の名を調べるのも楽しみのひとつです。活け花の心は自然を尊重し、花本来の力を引き出して、日々の暮らしの中でみんながそれに浴していくことです。そこから培われた心は「活け花」文化に留まらず、言葉にできないくらい心の変化が期待できます。
お年寄りだけでなくグループホームで働く人たちの心にもどのような変化が現れるかも楽しみとなります。

 自然の花は自然の香りがする。
 豪華に活けられた。
 ヒマワリが小さく改良されていて活けやすい。
 黄色があざやかで好い
 自然の花は優しく、配色も優しい
 お花が喜んでいるみたい
 慰めてくれているようでとても気持ちがよかった

お年寄りの感想を窺い、活ける前後の心の変化がうれしく感じられました。
そして最後に、他の棟と同様に「おめでとう」の歌を歌いました。一人一人に自分が活けた花をかかえていただき、
「花束だいてるあなた あなたが咲かせた花みたい 
おめでとう おめでとう おめでとう」
「花束だいてるあなた あなたの笑顔も花みたい
おめでとう おめでとう おめでとう」
皆一緒にラララララララ -------
みんなの心が一つになって大合唱です。

 車椅子で俯いていたご高齢のお年寄りも顔を上げて赤ちゃんのような唇を動かしていました。きっと一緒に歌ってくれたのでしょう。
ありがとうございました。

この日活けた花は
ヒマワリ、アジサイ、カマクラヒバ、ギボウシ、ムラサキサルビア、ハーブ、ペチュニア、コリウス、ローズマリー、ダリヤ、ハッカ、ヤマゴボウ、マリーゴールド、プルンバーゴ、シキミア、アゲラータム、トベラたちでした。

              2012年8月12日(日)みずき棟にて
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優しい時間「六」

みんなで活け花

「皆で活け花」を創めて3回目。
今回は体調のあまり芳しくないお年寄りが入居する棟へ訪ねることになりました。そのことを心に刻んでお年寄りが待つリビングを訪ねるとそれぞれが午後のひとときを寛いでおられました。テーブルに新聞紙を敷き、オアシスを入れたコンポートを用意すると何が始まるのだろうとお年寄りたちの怪訝な様子を隠せません。二人一組で4組が二つのテーブルを囲みました。それぞれのテーブルには今日もたくさんの花たちが並んでいます。


「初めまして」ボランティアの先生が挨拶をしました。
そうです。お花の先生は入居者の人と顔を合わせるのは全く初めてなのです。先生も緊張しています。でもこのグループホームへはたくさんのボランティアの人たちが訪ねては楽しいイベントを行っているので、今日は何が始まるのだろうと興味を持って受け入れてくれるのです。


「今日は皆さんと一緒に生け花を楽しもうと思ってまいりました。自然の花に心を通わせて、心を豊かにしていきましょう。この花たちは全て万寿の森で咲いている花です」
待ちきれないお年寄りが直ぐにコンポートに挿しています。それでも好いのです。止めたりしてはいけません。
「さあ自由にどんどん活けてください」
皆思い思いに活け始めました。


 ある一組は生け花の経験があるようです。「真・副(添)・体(控)」という、生け花を構成する3本の役枝を思い出したようです。どうやら今活けているのは池坊の自由花のようです。
一人の男性のお年寄りがスタッフと一緒に静かに活けています。少々気難しいと聞かされておりましたが、穏やかな無言の顔で活けています。彼のコンポートの中でヒマワリが太陽のように輝いていました。
一方、もう一つのテーブルでは苦戦していました。自由に活けるのが苦手の様子。隣の人は一輪の花を掲げて「はい」と隣の人に渡します。渡された人はどこに挿してよいか分かりません。
もう一組は楽しそうに活けていますが、手先に力が入らず、鋏を握れません。


 皆が苦戦している時、施設長がカマクラヒバをたくさん抱えて応援に来てくださいました。小さく切ってオアシスの横に添えると一段と豪華になりました。
花の力は不思議です。みんなの胸の中にあるモヤモヤが少しずつ晴れてくるのです。力みが解けてゆくのが分かります。いつの間にかコンポートに花の森ができました。するとみんなの顔も穏やかになっているのです。


「いい思い出になりました」
「トレビアン!」フランス語の感動詞が出てきました。最初「どこに挿すの」とぶつぶつ言っていた人です。
「楽しかった」
「豪華に活けられた」
「花はやっぱりいいねぇ」
「池坊をやっていたが、戦争が近づいて兵士を送り出すことばかりでそれどころではなくなった。花も世の中から消えてしまった。そして活ける時間もない。そんな時代だった。」
耳の遠い彼女はしっかりと自分の青春時代を語っていました。
この日偶然にも池坊経験者二人が一組となって自由花を楽しまれたのです。
その写真を拝見すると込みあげてくる感動の涙を抑えることができない。
「みなさん素晴らしい。皆さんの心がこのように表れました。」
先生のアドバイスがうれしくみんなの心の中へ溶け込んでゆきました
いけばなの美しさにリズムがあるように、人間の身体にもバイオリズムがあります。そのリズムが人間に安心感を与え、幸せをもたらしたと言えるでしょう。



そして最後に、他の棟と同様に「おめでとう」の歌を歌いました。一人一人に自分が活けた花をかかえていただき、
「花束だいてるあなた あなたが咲かせた花みたい 
おめでとう おめでとう おめでとう」
「花束だいてるあなた あなたの笑顔も花みたい
おめでとう おめでとう おめでとう」


 不思議です。始める前と後と、このエネルギーの違いは…。
気難しいと言われているおじい様も穏やかに参加してくださいました。その穏やかな雰囲気から伝わってくる深い時空の心のようなものを感じました。
皆一緒にラララララララ -------
みんなの心が一つになって大合唱です。


この日は他の童謡も合唱し、私たちも3時のおやつをご相伴にあずかりました。


花たちは、優しい温かいエネルギーを出してお年寄りの心に融合してくれました。


この日活けた花は
ヒマワリ、百日草、ヒオウギ、レッドロビン、カマクラヒバ、ギボウシ、紫陽花、アオキ、ムシトリナデシコ、ペチニア、コリウス、アスター(エゾギク)ムラサキサルビアたちでした。



              2012年7月16日(月)さくら棟にて
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優しい時間「五」

みんなで活け花

 施設を訪ねると、すでにバケツに一杯の花が用意されていました。すべて施設の 庭に咲いている花です。園芸ボランティアの人たちによって育てられており、ここは広大な自然の山間に佇む幸せな環境なのです。


 前回のみずき棟に続き、今回はもみじ棟の入居者たちとひとときを過ごす日。事務所の奥に続くリビングには二人向い合せに座る大きなテーブルが四つ並んでいて、笑顔の入居者が待機しておりました。
ボランティアの先生のお話し「自然の花を生けるということは、自然の花に心を通わせて、そこに新しい美の創造の世界を作り出すことで、脳の活性化に最適です」と花と脳の関係」を頷きながらに聞いてくださり、さあ花と心を通わせて右脳に刺激を与えましょうを合図に早速オアシスの入ったコンポートに二人一組のお年寄りが思い思いに活け始めました。

 
 一人のお年寄りが一輪の花を掲げて、これは「アスチルベ」という花だと説明しています。あまり聞かない花の名を覚えているその自信ある人柄に感心すると、その昔家庭で育てていた花にまつわる生活が次々と蘇ってきました。

 
 オアシスになかなか挿すことができない細い茎に四苦八苦している人。
元歯科医の経歴を持つ男性は初体験の生け花を無心に活けている姿はステキなおじいちゃんを醸し出していました。
104歳のモダンなお年寄りはオアシスに一本一本挿しながら、「おしゃれと同じだわ」「あら、きれいに挿さったわ!」足元に挿したカマクラヒバに「あら、豪華版ね」、花と対話する様子は心から楽しんでいるようでした。
「脳の働きが良くなって利口になったわね」
このグループはユーモラスな会話が飛び交い、離れたテーブルの向こうからも楽しいヤジが飛びます。


 みんながほぼ完成に近づいたころ、お風呂上がりのお年寄りがリビングに姿を見せました。もうひとりの入居者です。9名全員がそろいました。スタッフが庭から彼のために花を摘んできました。
一人用の花器を手元に置くと、活け方を忘れてしまった様子。その昔、職場のサークルの趣味の会で生け花の指導をしていたキャリアの持ち主です。その大先輩がにこやかな戸惑いの笑みを時空の歳月に置き換えた存在感でただ花を見つめています。
「大丈夫よ!」
遠くのテーブルから再び声がかかります。スタッフが一本ずつ手渡すと、やがて小さな花器にも花が咲きました。


「みんな若返ってよかったね」
「バランスがとれているよ」
「色彩的に素敵だね」


先生のアドバイスが不要なくらいに、強調心が生まれました。
花材と花器、花と枝などの使い方など考えることは右脳と左脳のバランスの上に成り立つ人間に、大切な強調心を養う実証となりました。


そして最後に、各自が活けた花をかかえて、
「花束だいてるあなた あなたが咲かせた花みたい 
おめでとう おめでとう おめでとう」
「花束だいてるあなた あなたの笑顔も花みたい
おめでとう おめでとう おめでとう」


美しい花、美しい笑顔、美しい心、美しい強調心…
みんなの心が一つになって大合唱になりました。
花たちは、優しい温かいエネルギーを出してお年寄りの心に融合してくれました。


 この日活けた花は
アスチルベ、紫陽花、矢車草、レッドロビン、ヒオウギ、ラベンダー、ギボシ、ノコギリソウ、バラ、ホタルブクロ、松葉ぼたん、インパチェンス、マリーゴールド、紫つゆ草、カマクラヒバたちでした。




              2012年6月24日(日)
JUGEMテーマ:日記・一般


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