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今なぜ世界遺産なのか


 富士山の世界遺産登録決定に想う


 2013年6月22日富士山と三保松原が世界文化遺産として登録が決定された。日本では17番目の登録である。その審議は50分にも亘ったが、ドイツの強力な後押しがあり決定された模様である。

 何故今なのか。もっと以前に浮上されてもとの疑問が起こる。遠くから見る景観を大事にしたいとの思いだけではなく、地震国である日本、二年前の東北大震災から、今なお地殻変動が活発化しており、河口湖の急激な水位低下現象などM7以上の地震がいつ起こっても不思議ではないと関係者は報道している。連動型地震が起これば首都圏は水浸しとなると警告し、日本の地形の分断を予測する外国人もいる。大地震が起これば富士山も噴火する。津波も起こる。
3号機の危険性も問題となっている。

 二年前3月11日の大地震、大津波、人災原発事故。 
世界中の人々が日本のために祈ってくれた。世界が祈りでひとつになった。その祈りが多くの人々を立ちあがらせたことは知らない人はいない。
被災地の後遺症はまだ終わってはいない。原発は他のエネルギー政策に切り替えることは可能である。出来ないと言っている人たちは自分たちの利益を考えている人たち。地震や津波も大地の安定を世界の人々が心をひとつにして祈れば可能である。地球にも自浄作用があり、人間が人間本位の快適さのみを追求し、大自然の恩恵を与えてくれている目に見えないものを無視する行為を続けるならば、人間は大きな浄化を受けることになる。

 地球の地殻変動調整が必要な時にはせめて震度3までと大地の安定を願えば宇宙開びゃく時から引き継がれている神の意志の働きが無視することはないはず。
なぜならば、人間はこの世を楽しむために創られたのだから。
最近の人間の身勝手は行き過ぎている神の次元の警告である。

 今が瀬戸際なのである。
国は「心配するほどの放射線量ではない」「直ちに人体への影響はない。冷静な対応を」と、どんな危険な状態になっても、無知な人間を欺こうとする。
財界と官僚の策略に騙されないように、そして「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ことのないようにと世界遺産の登録決定は正に神の計らい。世界の良識ある人々の祈りが今こうして結ばれたのである。

 富士山は昔から信仰の対象として人々に崇拝されてきた。この姿を七世代先まで日本のシンボルとして世界中の人々に見ていただけるよう祈り、そのためには大地の安定、富士山の安定の願いをこめてエネルギーを送る必要性を神の次元は教えてくれたと考えるのである。

 

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